コネクトームの最新動向

コネクトーム(connectome)とは、「生物の神経系内の各要素(ニューロン、ニューロン群、領野など)の間の詳細な接続状態を表した地図、つまり神経回路の地図のこと。つながる、接続するといった意味を持つ英語のコネクト(connect)という言葉と、「全体」を表す-オーム(-ome)という接尾語から作られた言葉。人間の神経回路地図全体のことを言うときは特にヒト・コネクトーム(Human connectome)と名付けられている」(wikipediaより)である。まだ解明されていない人間の脳を知るためには、コネクトームが必要であるという観点に立ち、日米欧で2010年代から大型の予算を投じて研究が進められている。

2021年11月20日の日本経済新聞の記事「脳の地図がみえた 神経細胞1000億、医療やAI進化」を以下に抜粋する。

10月7日付の英科学誌ネイチャーは脳科学の特集号になった。米国が13年に始めた脳科学の大型研究「ブレイン・イニシアチブ」でまとまった17本の論文を一挙に掲載したからだ。中心となった米国立衛生研究所(NIH)傘下の10研究機関を含め、45以上の研究機関の250人を超える研究者が関わった。

理化学研究所脳神経科学研究センターの糸原重美プロジェクトマネージャーは「優れた戦略に立った素晴らしい研究だ」と語る。

今回の論文が示した重要な点は、哺乳類の脳の「一次運動野」と呼ぶ部位のどこにどの神経細胞があるのかを明らかにしたことだ。いわば脳の地図を初めて作ったといえる。玉川大学脳科学研究所の松田哲也教授は「脳を知るには神経細胞の配線図が必要だ。地図の作製は配線を探る第一歩になる」と解説する。

脳にはおよそ1000億個の神経細胞がある。それぞれが複雑につながり、学習や記憶などを担う。神経細胞も特定のアミノ酸や金属イオンに反応する種類に分かれ、役割を分担している。地図は一部とはいえ、その様子を明確に示した。松田教授は「働いている遺伝子の状況まで追跡し、脳機能の解明に役立つ」と付け加える。

日本経済新聞より

運動野とは大脳皮質の中で運動のコントロールに関する神経細胞が集まっている領域であり、その中でも一次運動野は脊髄などの各部位に信号を送る器官にもっとも関係が深い領域である。

上記の表に示されているように、米国の予算規模は大きく、その結果としての研究成果につながっていると考えられる。欧州は計算機による脳の模擬実験で計画を始めたが、研究者間の連携に課題があり結果を出すに至っていない。予算額が米国の8分の1の日本は、統合失調症など精神・神経系の疾患を治す目標に注力し独自性を出そうとしている。

汎用人工知能実現に向けた2つのキーファクタ

私は仕事柄様々な文献を参照しているが、その過程で、現在、汎用人工知能実現に向けたキーファクタは以下の2つではないかと考えている。

1.マルチモーダル

2.生成モデルの構築

前にも書いたが、マルチモーダルとは各感覚器からの入力を上位層で、同じ抽象概念に結びつけることである。別表現では、複数の種別の情報で同じ抽象概念を持つものを統合化することとも言える。人間は、マルチモーダルの度合いが高まれば高まるほど、その概念、物体に対する理解が高まると考える。逆に言えば、「理解」とは、その抽象概念を様々な具体例で表現できるということである。マルチモーダルで学習をするには自律性が不可欠であり、そのためには生成モデルの構築が必要と考える。

 これまでの脳神経科学、ベイジアンネットワーク理論、ニューラルネットワークの研究から、人間の認知過程には、「認識モデル」と「生成モデル」が深く関わっていることがわかってきた。

それぞれの関係を具体的に示すと。

  認識モデル  この物体・概念は、これはこういうものだ(認識)

  生成モデル  物体・概念の認識が正しければ、これは振る舞うはずだ(確認)

という関係にあり、これらの2つのモデルは学習することで精度を高めていく。その学習は連動していて、連動することで、自律的に学習することができると考える。

その学習過程をわかりやすく例えると、try&errorである、try&errorの本質は、脳内において対象の特徴・概念を行動・働きかけを通じて認識し、認識することで適切に行動・働きかけが可能となるように生成モデルを構築し修正することである。

この活動を意識的にかつ組織的に実行しているのが「PDCA」と言える。P(プラン)は、ゴールを想定し、現在と、ゴールとの差を認識し、そこに至る過程をモデル(通常は計画)として生成する。粒度に応じてブレイクダウンしモデル化する。D(実行)段階に応じ、C(チェック、認識)し、その誤差を元に、A(アクション)でモデルを修正する。

現状の人工知能は認識モデルの構築が主となっているが、今後、様々な概念を守る地モーダルで自律的に学習により獲得し、より拡張、高性能、高精度化していくためには、生成モデルの技術の進展が必要不可欠考えている。

脳機能としてのマルチモーダル

昨日の記事で、AIとしてのマルチモーダルモデルについて書いたが、実際の脳としてはどうなのかということについて書いてみたい。大脳新皮質には、言語、視覚、聴覚、運動などのそれぞれ機能に応じた処理をする50以上の部位が局在しそれらが連動して意識的、無意識的な人間の判断を行なっている。それらの局在部位を表したものの代表はブロードマンの脳地図である。

これは、東京で3月に開催されたシンギュラリティサロンで電気通信大学の倉重さんが説明していたことだが、被験者にカナヅチの絵を見せ、その時の脳の活動の状況をfMRIで測定すると、視覚野だけでなく、同時に聴覚野、運動野も活動(発火)する様子が捉えられた、つまり、これは絵の形状を認識するだけでなく、同時に叩いたときの音や叩く時の反動や重さについても連想する、ということである。

つまり、これは、感覚器から脳に入力された情報が、関係するモデルが構築されている部位に伝送され脳神経細胞が励起されるというモデルが脳内に構築されていることを示していると考えられる。

人間の脳は、常にマルチモーダルモデルで学習を実施し、認識、推論しているのである。